コラム

COLUMN
Vol.54

人事領域でのAIの活用と、人がなすべきこと

2026/08/01

近年、人事の領域においてAI(人工知能)の活用が急速に浸透してきました。採用活動を例にとれば、学生がAIを駆使してエントリーシート(ES)を推敲し、企業の人事担当者もまた、膨大なESの初期スクリーニングや内容確認にAIを導入する、といった光景はもはや日常のものとなりつつあります。
テクノロジーによる効率化の波は、採用のみならず「人事評価(パフォーマンスマネジメント)」の領域にも確実に押し寄せています。今回は、この評価領域におけるAI活用の現在地と、だからこそ求められる「マネジメントの本質」について考えてみたいと思います。
現在、人事評価においてAIは以下のような場面で非常に有効に機能し始めています。

例①:目標サンプルの自動作成
過去の自社の設定例や、中期経営計画(中計)のテキストデータをベースに、個々の職種やレイヤーに応じた最適な目標のサンプルを瞬時に生成する。

例②:目標設定内容の整合性チェック
全社で定めた評価ハンドブックのルールに準拠しているか、あるいは組織の上位目標とロジックツリーとして綺麗に連鎖しているか、といった「形式や整合性」の確認を自動で行う。

例③:評価エラーや傾向の分析
評価者(マネジャー)がつけた数値やコメントの傾向を分析し、「甘辛の偏り(寛大化傾向など)」や、「課題ばかりに着眼しているか、あるいは成長の兆しに着眼しているか」といった評価者の癖を可視化する。

これらは、これまで人事部や現場のマネジャーが多大な工数を割いて行ってきた「確認」や「分析」の作業を劇的に効率化してくれます。まさにシステムオリエンテッドなアプローチとして、非常に価値のある「活用」と言えるでしょう。
しかし、ここで私たちが一歩立ち止まって考えなければならないのは、「AIがやってくれるのは、あくまで確認や分析という『勘定(ロジック)』の領域である」ということです。
目標は、設定されて終わりではありません。それを現場の社員が自らのものとして担い、泥臭く行動し、最後までやり抜いて初めて成果へとつながります。そして、人間がそこまで突き動かされる強力なエンジンとなるのは、ロジックではなく、どこまでいっても「感情」や「心理」の世界です。
目標設定の面談の席を思い浮かべてみてください。
「今期はこの重点テーマを担ってほしい」と伝えたとき、部下の歯切れが悪い。あるいは「目標設定の基準をもう少し高くできないか」と打診したとき、頑なに拒む。
そんな時、AIであれば「上位目標との連鎖」や「過去の標準的な基準」を冷徹に提示するだけかもしれません。しかし、人が組織を成す限り、そこでマネジャーが着眼すべきは「なぜ、この部下はこのテーマを担いたくないのだろうか?」「基準を高くしたくない背景にある、この部下の心理や不安は何だろうか?」という、表面的な言葉の裏にある「心情」です。
「実は、過去に似たようなプロジェクトで手痛い失敗をしてトラウマがある」
「現在のプライベートの状況から、これ以上のリソースを割くのが心理的に厳しい」
あるいは逆に、
「組織の上位目標とは少しズレるかもしれないけれど、どうしても今期挑戦したいテーマがある。なぜなら、将来こういうキャリアを築いたいという強い想いがあるからだ」
こうした部下個々人の内面にあるストーリーを傾聴し、寄り添い、紐解いていくこと。そして「組織としてやってほしいこと(大義)」と「本人の意思・想い(内発的動機)」を結びつける結節点となること。これこそが、マネジメントにおける最も人間らしく、かつ最も重要な役割です。
AIを活用することで、マネジャーはこれまで「上位目標と連鎖しているか」「達成基準は指標と合っているか」「目標の配分はルール通りか」といった形式的な確認の工数から大幅に解放されます。それはつまり、「部下との対話に純粋に注力できる環境」が手に入るということを意味します。
そうなった時代に、マネジャーに問われるのは何でしょうか。
それこそが、「傾聴力」や「質問力」をはじめとする、極めて人間的なコミュニケーションスキルです。
相手の言葉を否定せずに受け止め、問いによって本質的な想いを引き出す。この豊かな対話の時間があって初めて、部下は「自分のことを理解してくれている」という安心感を抱き、目標への意欲を燃やし、目標達成を通じた確かな成長実感を味わうことができます。結果として、組織や会社そのものへのエンゲージメント(愛着や信頼)も高まっていくのです。
一方で、AIの進化はマネジメントの「罠」にもなり得ます。
効率化の誘惑に負け、「AIがこれが正しいと言っているから、この目標で進めてください」と、マネジメントの肝である「対話と納得感の醸成」を放棄してしまう人が出てくるかもしれません。しかし、それでは人は動きません。システムに魂を奪われた組織は、やがて冷徹で脆いものになってしまいます。
AIという強力なシステム(勘定)がインフラとして整うからこそ、最後は「感情」のマネジメントが勝負を分けます。

人が組織を成す限り。

部下の心情に寄り添う観点を持ち、そこにリソースを注力できるか否か。それこそが、これからの時代におけるマネジャーとしての、そして企業としての最大の差別化(競争優位性)の重要点となると、私は強く信じています。

Editor Info.

シニアコンサルタント

小河 泰隆

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